​⑦明治三陸大津波到達地

(38.2m日本津波災害史上最大そ上))

​明治三陸大津波ではここまで津波が到達しました。

​明治三陸大津波到達地から100mほど南に進むと明治三陸大津波の伝承碑があります。

明治三陸大津波では、綾里村の村民2,251人のうち1,269人(56.3%)が犠牲になるという悲惨なものでした。

このように大きな被害を出してしまった背景には、津波を引き起こした地震が震度2~3の弱震であり、ほとんどの村人が津波の前兆に気付けなかったこと。

また津波の遭った日が、6月15日と旧暦の端午の節句と重なったことと言われています。